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東京地方裁判所 昭和36年(ヨ)2145号 判決 1965年11月10日

判   決

申請人

三ツ井金吾

申請人

松田みさ子

右両名代理人

矢田部理

山花貞夫

上条貞夫

被申請人

学校法人順天堂大学

右理事長

有山登

右代理人弁護士

清瀬三郎

矢野範二

倉地康孝

主文

1  申請人両名が被申請人に対し労働契約上の権利を有する地位を仮に定める。

2  被申請人は、申請人三ツ井に対し金七、三〇九円、申請人松田に対し金六二三円並びに昭和三六年三月以降本案判決確定の日に至るまで毎月二五日限り、申請人三ツ井に対し金二〇、六〇〇円、申請人松田に対し金九、六五〇円を各支払え。

3  申請費用は、被申請人の負担とする。

<事実――省略>

理由

一、被申請人は、その事業の特殊性から申請人ら従業員の争議行為について強度の制約が存在すると主張する。

しかしながら、労働者の争議権は憲法二八条の保障するところであつて、これを制限するには特別の立法を要するものと解されるところ、医療機関における労働関係については、労調法八条の公益事業として、同法に定める規制を受けるほか、特別の立法は存しない。被告の援用する医療法、医師法等が医療機関における労働関係の規整を目的としたものでないことは、それらの規定全般の趣旨からみても明らかであつて、これら法律は医療機関における争議権制約の根拠になるものとは解されない。

もつとも、人の生命身体の安全を脅やかし、患者の病状に顕著な悪影響を及ぼすような行為が争議行為としても許されないことは、特別の立法をまつまでもなく条理上当然のことであつて、憲法二八条に保障された権利といえども、かかる制約を受けることは、最高裁判所昭和三九年八月四日判決(民集一八巻七号一二六三頁)の説くとおりである。

被申請人の医院が医療法四条にいう総合病院として同法所定のところに従い、組織運営されていることは弁論の全趣旨に徴して明らかであり、その従業員として医療業務に従事する医師、看護婦等が争議行為をすることによつて、総合病院としての正常な運営が阻害され、入院、外来の患者の診療に多少とも支障を来たす虞のあることは否定できないところであるけれども、その故をもつて直ちに医院の従業員の行なう争議行為をすべて正当性の範囲を逸脱するというべきではなく、それによつて生ずる業務停廃の期間や範囲、代替要員補充の難易、周辺の医療機関の存否、機能、性格、交通事情等入院・外来を問わず診療を必要とする患者の容態等諸般の事情を考慮した上、争議行為が患者の病状に相当な悪影響を及ぼし、その生命・身体の安全を脅かすに至る客観的危険性が認められる場合に限つて、その争議行為に制限が課せられるものと解すべきである。

二、労調法三六条は、安全保持の施設の正常な維持運行を害する行為を禁ずるが、かように争議行為を禁止する規定について安易な拡張解釈は厳に慎むべきところであつて、同条のいう「安全保持の施設」とは直接生命身体に対する危害予防上不可欠な物的施設に限られ、医療機関の従業員などの人的組織を含まないものと解するのが相当である(前掲最高裁判決参照)。

ところで、被申請人は、生命身体に対する安全の見地から停廃を許されない業務=保安業務の運行を確保するため、病院等の管理者は、争議に際し適正な保安協定の締結、履行を組合に要求する責務を有し、組合はこれに応ずべき義務を負うと主張する。争議に際し保安業務の存否範囲、運行方法等について労使が協議決定し、争議中でも患者の生命、身体の安全に遺憾なきを期することは、本件争議当時関係行政庁から医療機関、都道府県知事等に対して発せられた要望書、通牒等≪証拠略≫の説示するとおり、もとより望ましいところであるけれども、医療機関における争議に当つてかような保安協定を締結しあるいはそのための協議をなすべき法律上当然の義務が労使双方について存するわけではなく、いわんや組合において組合員中から保安業務に必要な人員を指名して就業させるべき当然の義務は存在しない。むしろ、患者の治療に支障なからしめその生命身体の安全を保持すべき責任は第一次的に医院の管理者側、すなわちその開設者たる被申請人に属するものというべく、争議時における保安業務の運行については、組合との保安協定を待つまでもなく、自ら非組合員等による代替要員の補充、確保に努めるなどその維持遂行に最大の努力を払うべきである。もつとも、管理者側の真摯適切な努力にもかかわらず、充員不能等の客観的事情から保安業務の停廃を免れない事態がないとは保し難く、この場合組合において患者の生命、身体の安全に対する具体的危険が生ずることを知りながら、これを避けるため必要な労務の提供を故なく拒むに至つたときは、争議権の濫用として違法の評価を免れないものというべきである(前掲最高裁判決参照)。

三、労調法三七条により予告通知の要求されるゆえんは、公益事業における争議行為の公衆に及ぼす影響を考慮し、争議行為が行われる場合、公衆および関係機関に事前にこれを予知せしめて公衆の日常生活上の不便、損害を最少限に食い止めるため対処する機会を与え、同時に争議行為を未然に防止するため労働委員会に斡旋、調停等の機会を確保するにある(同法一八条四、五号参照)。

右の予告通知は、争議行為を行おうとする当事者自ら行なうのがたてまえであるが、たとえ、右通知が上部団体や関係団体からその名義をもつて行なわれたとしても、叙上の目的を害するわけではないから、当該通知が当事者の意図を体してなされたものと認められる限り、右当事者の行なう争議行為について労調法三七条の適法な通知がなされたものとみることを妨げない(本件予告通知が関係庁に受理されたことは弁論の全趣旨により認められる。)。組合と医労連および被申請人との関係からすれば、本件争議行為の予告通知が医労連からなされた故をもつて本件争議行為が労調法所定の予告通知を欠く違法なものということはできないし、被申請人に対する不信性を云為すべきいわれもない。

当事者に争ない本件予告通知の内容が労調法施行令一〇条の四第三項に要求される各項目にわたつていることは明らかであつて、その記載は、法の目的からみて最少限の要求を満していると認められる。争議行為の日時、方法等についてより詳細且つ具体的な記載があることは、法の目的中前段のそれからすれば一応望ましいところであるが、この点を余りに厳格に要求するならば、予め当事者の争議態度を硬直させ却つて労働委員会の調整活動や当事者間の自主的交渉により争議避止をはかろうとする後段の目的を害う嫌いがあるばかりでなく、当事者とくに労働者に対し争議行為の日程、方法等争議戦術の詳細を事前に公開することを、要求することに帰し、労働者側の争議権を実質的に著しく制約する結果となることを考えると、労調法三七条の要求する予告通知の内容は、前記記載の程度をもつて一応足りるものと解するのが相当である。

四、(1)認定した事実によれば、一〇波にわたり実施されたストに際し組合側が配したピケ隊の言動によつて、当該争議の第三者である外来患者、面会人、学生の医院内への通行がある程度まで阻害されたことは明らかであり、とくにスクラム隊形、シツプレツヒコール等による示威、外来患者等の通行阻止の事例、外来患者と医師(被申請人側苦情処理班)との接触妨害等の言動は、専ら条理を尽した言論により相手の自主的判断に訴えて通行を思いとどまらせることを旨とする、いわゆる平和的説得の域を越えるものと認められる。

しかしながら、わが国における労使関係、とくにその争議方法の実態やストライキに対する一般市民の理解水準等の現状にかんがみると、上記のような平和的説得の方法のみによつては通行阻止等の目的を実現し難く、ひいてはストライキの実効を期待し得ない場合がまま存することことは、容易に了察し得るところである。かような労使関係の実情に、ストライキが労働者の団体行動の重要なものとして憲法の保障する基本機に属することを思い合わせるならば、単にストライキに随伴するピケ活動が当該争議の第三者を対象とし、あるいはいわゆる平和的説得以上の積極性を有するとの点を捉えて、一概にストを違法視するのは、当を得ない。すなわち、ピケの正当性の限界については、ピケに至る争議の背景、労使の対抗関係、実行手段における反社会性の強弱、使用者や第三者に与える実害の程度など諸般の事情を較量し、具体的場合に応じてこれを判断すべきものと考える。

(2) およそ診療を求めて医療機関を訪れる一般患者は、医療行為の寸刻の遷延によりその生命自体に危険を生ずる虞の大きい重症あるいは急性の病状にある者はもとより、それほど差迫つた症状にない者であつても、自己の病状に関して、速やかに自ら選択した医師の診断を求め、必要に応じ適時の医療を受けることについて重要な利益を有し、これらの患者に対しいわゆる平和的説得の範囲を越えて右利益を妨げるような言動に出ることは、医療機関のストに伴なうピケの場合であつても、原則として許されないものと解すべく、ただ本件の場合、前記で述べた特段の事情を考慮に入れると、前記で認定した示威行動については、患者の積極的な反対意見までは抑圧するに至らないものとして、なお許容さるべきピケ活動の範囲内に属するものと認めるのが相当である。

もつとも、ピケ隊の患者に対する通行阻害の言動が右許容の限界を越えるものについても、例えば暴行、脅迫等の不当な実力を伴うものであるか、阻止の対象が前記のような重症、急性の患者であるか、現場における医師の具体的意見を無視してなされたものであるか、結果的に患者にどの程度の実害を及ぼしたか等諸般の事情に応じて、その違法性に軽重の差異を認むべきことは当然であり、その程度が軽微であるか又は組合の既定方針に反する偶発的な逸脱行動にすぎないような場合には、その故をもつて直ちにスト自体まで違法とは評価できない場合もあり得よう。

(3) 右(2)に述べた患者一般の有する医師の診療を受ける利益の重要性からすれば、上来認定の本件争議の特殊事情を考慮に入れても、暴行、脅迫に類する不当な実力を行使して患者の通行を阻止することはもとより、前記のような組合側の団結示威情況のもとにおいては余りに執拗にわたる口頭の説得も患者の反対意思を抑圧する虞があるものとして、また、前記のような重症急性の病状にある患者(本人の自訴、外見等からそのことを知り又は知り得べかりし者)に対してはいわゆる平和的説得にとどまるものでも患者の生命、身体に危険を及ぼす虞があるものとして、いずれもピケ活動の正当な範囲を越えるものいうべく、さらに叙上の趣旨を推及すれば、現場における医師の患者の病状、診療の必要等に関する具体的意見を無視したり、その患者との応待を積極的に妨害する言動もまた、ピケ活動の許容範囲を越えるものと解するのが相当である。これを前記認定事実に即していえば、ピケ活動で患者に対し暴行、脅迫にわたる言動の確認し得べものはないけれども、通行阻止の事例、医師と患者との接触に対する妨害行為は、叙上の観点から、正当なピケ活動としての限界を越えた違法のものといわざるを得ない。

(4) 右(3)に判示する違法なピケ活動を随伴する限度において、本件ストもまた違法の非難から免れることはできないけれども、次の諸事情を斟酌すれば、その違法性の程度は、必ずしも悪質重大なものとはいえない。

五、およそ組合が使用者の労務管理、組合対策をとりあげて、右に関する使用者側職制の言動に対し批判を加えこれを公けにすることは、組合の言論活動の自由に属し、労使の主張が激しく対立する争議時の文書活動において、右批判が職制等に対する強い非難的語調にわたることは自然の勢というべく、それが個々の職制等に対する退職要求の表現をとつたとしても、使用者の経営権に介入するものとして一概にこれを不当視すべきものではない。しかし、たとえ争議中の文書活動であつても、なんら事実上の根拠なしにあるいは相当な理由を示すことなく、徒らに侮辱的言辞を用いてこれを非難攻撃することは、相手の名誉、信用を傷け、争議手段としても公正を欠き、正当性の限界を越えるものといわなければならない。

右観点からすると、記載文言は、なんら相当な理由も掲げることなしに徒らに侮辱的言辞を用いて被申請人の理事、職制らを攻撃するに帰し、言論自由の範囲を越えた違法な内容のものというのほかはない。しかし爾余のビラの文言は、なおその許容範囲内に属するものと認むべきである。

なお、右記載内容が違法と認められるビラについても、その記載は前記表示に尽きる簡単かつ抽象的なものにとどまり、その枚数も僅少であることが窺かれるから、本件争議における被申請人の組合に対する前述の態度に徴し、その違法性の程度において重大なものとは考えられない。

六、リボンの着用は一般に争議等の場合団結の示威、昂揚、要求の徹底のためにとられる手段であるが、職場における着用等の結果業務の性質上その運営に支障を及ぼすような場合には、争議行為の性質を有するものというべく、それによつて使用者の名誉信用を毀損し、第三者に不当な損害を与える場合には、違法性を帯びるものというべきであるが、本件において着用したリボンは胸につける小片のもので、これを着用したのは一一月一七日のほか高々数日にとどまり、しかも全員について着用が励行されたわけではないことが認められ、それによつて被申請人の医療業務に支障を与えあるいは患者に大きな不安動揺を与える程度のものとは考えられないし、そのような特段の実害を生じた旨の疏明もない。

被申請人は、リボン着用の行為を労調法三七条違反と非難するけれども、本件の場合前記のような意味でこれを争議行為と目すべきか極めて疑わしいのみならず、同条の立法趣旨から考えて、業務阻害を直接の目的とせずかつその虞の少ないこの種行為に対しは同条の適用はないものと解するのが相当である。

七、結局、本件争議において組合ないし組合員の違法行為と認められるところは、前記認定にかかる保安協定の不履行、ピケ現場における医師患者の接触妨害・重急患等の阻止および都知事・理事長・総務課長を非難侮辱するビラの貼付の諸点に止まり、その情状において悪質重大といえないことはそれぞれ叙上のとおりである。

本件争議が相当長期にわたり、かなり熾烈であつたことは叙上認定の諸事実から明らかであり、申請人両名がそれぞれ組合の委員長、副委員長として、本件争議を企画、決定、指導あるいは実行し、中心的役割を果したことは当事者間に争がないところであるから、特段の反証のない本件において、叙上の違法争議行為を放置または認容していたものと推認され(申請人らが右違法行為を実行したことの疎明はない。)、その限りにおいて違法争議を企画、決定、指導した責任を帰せらることは免れないところであるが、被申請人が本件解雇通告書に記載し、あるいは本件弁論において主張する懲戒解雇の理由事実と対比すると上記申請人らの責に帰せらるべき違法事実は極めて少量軽微なものであつて、爾余の理由事実の大半は正当な組合活動の範囲に属するものと認められ、結局申請人ら解雇の主たる理由は、本件争議中における申請人らの正当な組合活動にあるものと認めざるを得ない。

したがつて、本件解雇は、労組法七条一号の不当労働行為として無効といわなければならない。(橘喬 吉田良正 高山晨)

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